夏
 俺ら野球部員にとっては一番過酷な、そして一番輝く季節。
 地方大会を目前に控えて、授業以外は野球漬けの日々だ。
 優勝候補のBL学園といえど、努力を怠れば足元を掬われる。
 甲子園へ行くためには、まず、この地方大会で優勝しなければならない。
 全国でも有数の激戦地だ、のんびりしている暇なんてない。
 それに、俺には絶対に外せない目標がある。

「藤田、今から部活?」

 授業が終わると同時に教室を出て行こうとしていた俺に、誰かが声をかけた。
 声をかけてきたのは、学園MVPの伊藤啓太。
 非凡な人間ばかりのこの学園で、いたって平凡な伊藤はMVP戦 を勝ち抜いたことでアイドル的な存在となっていた。
 転校初日からラブコールを送っている成瀬先輩を筆頭に、学園の名立たる面々が伊藤に惚れてることは明らかで、他の奴らにしても、一体どれだけの人間が伊藤に好意を持ってるいることやら。
 かくいう俺も、その一人だったりする。
 でも、未だに告白できずにいる。
 野球部のエースで、実力はBL学園からお呼びがかかる程なのだから、それなりに自信はあった。
 でも…この学園には俺以上の奴なんか山のようにいて、俺は目立たない平凡な一学生でしかない。
 当然、この学園でも名を馳せている面々と張り合う勇気なんか湧いてこない。
 だからといって簡単に諦められるような想いでもない。それぐらい惚れている自覚はある。
 だからこそ、この夏は手を抜けない。
 唯一、活躍できる時だから。自分をアピールするには、この時以外にないと思うから。

「ああ。伊藤は?また生徒会の手伝いか?」
「そうしようかと思ってたけど…」

 いつもはハッキリと答える伊藤が、珍しく言葉を濁す。

「?」
「野球部の練習、見に行きたいなって。…部外者は邪魔かな?やっぱり」
「そ、そんなことない!」

 伊藤の言葉に思い切り首を振って、俺は答えた。
 邪魔どころか、皆はりきると思うぞ、絶対に。

「ホントに?」
「ああ、伊藤なら大歓迎だ」

 そう答えると、伊藤が満面の笑みを浮かべる。

「じゃ、見に行く!俺、藤田が野球してるとこ見るの好きなんだ。すっごくカッコイイもんな」

 その言葉にドキッとする。
 好きって?カッコイイって?

「野球部のエースなんて、憧れるよな」

 ああ、そういう意味か。
 変な期待を勝手にしてガッカリしてしまった。

「甲子園って行ってみたいよな」
「だったら、伊藤も野球部に入るか?」
「え、それは遠慮する。俺じゃ足引っ張るだけだしな。それより、俺は応援する側がいいよ。甲子園で自分の学校の応援なんて、そうそう出来ることじゃないし。前の学校じゃ出来なかっただろうけど、BL学園なら出来るかもしれないだろ?」

 目を輝かせて語る伊藤は本当に可愛いなぁ…なんて思ってる俺は重症かもしれない。
 そんなことを考えていたせいか、

「伊藤がキスしてくれたら勝てるぞ」

 なんて、思ってもいなかった言葉が口から出てきた。

「え」

 伊藤が驚いた顔をする。…当然だよな。

「ほ、ほら、伊藤は桁外れの強運の持ち主だからさ、それを分けてもらえたら…」

 などと苦しい言い訳をしていたら、頬に温もりを感じた。

「…え」

 今度は俺が驚く番だった。

 今…キスされた?

「これで…いい?」

 なんて顔を赤らめて言うもんだから、理性の糸が1本どこかで切れた。

「伊藤!」

 名を呼んだ次の瞬間には、伊藤を引き寄せて唇を重ねていた。

「……………やる」
「え?」
「絶対に、俺が甲子園に連れて行ってやる!」

 言って伊藤を抱きしめたら

「藤田…」

 伊藤も抱き返してきた。
 自分でイキナリ何をやってるんだ?とツッコミを入れつつも、この手を解くことができなかった。
 伊藤も嫌がる素振りをみせないから、そのまま抱きしめていたら、強烈な視線を感じた。

「?」

 顔を上げると、クラス中の視線が俺らに集まっていた。

(そういや、ここ、教室だった)

 慌てて体を離すと、伊藤もそれに気が付いたのか、顔を真っ赤にして俯いた。

(え、え〜と、こういう場合は…)

「伊藤、とりあえず部室に行こう」

 と、伊藤の手を取ってその場を離れた。
 繋いだ手から伊藤の温もりが伝わってくる。
 恥ずかしいけれど、嬉しい。
 自然と笑いがこみ上げてくる。

「何笑ってるんだよ、藤田」
「ん?幸せだな、と思ってさ」
「…バカ」

 何だか恋人みたいなやり取りに、益々顔が緩んでくる。

「…そんな調子で大丈夫なのか?」
「大丈夫!絶対に負けない!!」

 そう答えながら、気合を入れ直す。
 まずは甲子園への切符を手に入れないとな。
 地方大会の勝利を伊藤に捧げて、次は甲子園での優勝だ。
 甲子園で優勝できれば、伊藤に告白しよう。
 誰にも文句を言わせないために、絶対に優勝する!

「甲子園で優勝できたらさ、伊藤に話したいことがあるんだけど、聞いてくれるか?」
「うん、いいよ」

 俺の言葉に、伊藤が即答する。
 恋人になれるかどうかは分からない。でも、好意を持ってくれている。
 望みが全くない訳じゃない。

 

 ただ

 

ひとつ願うことは…

 

 告白するまで、伊藤が誰のものにもなりませんように…


●ミクシィでの「あしあと(カウンター+誰が踏んだかわかる機能)」にて、時間旅人さんちのキリ番を踏ませていただいた時にリクエストさせていただいた藤田×啓太SSです!
最近なんだか妙に藤田×啓太に萌えてまして。なんかこう、学園のアイドルにふつう(?)の男子高生が…ってシチュエーションがたまらんです!
んもー何!? おまえは南ちゃんか! 連れていってもらいなよ! 連れて行ってもらっちゃいなよ甲子園ー!!(ハァハァ)
ステキなお話を本当にありがとうございましたv

(2007/6/29)

時間旅人さんのサイト。