ちょっとだけ

  別に何があった訳でも無いのに、夜中に目を覚ました。

  一度寝たら朝までぐっすりコースの俺にしては珍しいこともあるもんだと思う。
  隣に眠る人は身じろぎ一つしないで、そこに目を閉じて横たわっている。寝ている時ぐらい乱れてたって良い様なものだけど、何だ、この人の綺麗な寝姿は。
  きっと俺なんか寝ている間は口とか空いちゃってるんだろう……その証拠に喉が乾いてるもんな。
  綺麗な寝姿の人を起こさないように小さくあくびを噛み殺し、静かに身を起こす。
  ベッドサイドにおいてある筈のペットボトルを取ろうとして気が付いた。
  ──中嶋さんの寝顔なんて初めて見るんじゃないだろうか。
  そう思っただけで寝ぼけていた頭がすっきり冷めてきて、オマケに心臓がドキドキと早鐘を打ち出す。
  ──ば、馬鹿じゃないか、俺。別に寝顔なんかどうってこと無いじゃないか。
  寝る前に付いていた間接照明も俺が眠ってしまった後で全部、中嶋さんが消してしまうから、今頼りにするのは、窓から差し込む月明かりだけ。
  人工的な明かりじゃなく、ほんのりとしたその灯りの中で見る中嶋さんは、凄く綺麗だと思った。
  息をしているのは、上下する胸の動きで解るけれどそれでも其処にいるのは幻のようで、落ち着かない。
  普段かけている眼鏡が無いからか? いや、時々は眼鏡を外した顔を見ているからそうじゃないよな。多分あの、俺を鋭く射抜いてくる視線を目蓋が覆い隠しているからかな。物足りないとでも言えば良いんだろうか。
  よく知っている人だけれど知らない人みたいにも見えて、冷たそうで優しそうにも見える。
  俺よりも白くて肌理の細かな肌、鼻筋も通っていて、睫毛も長いんだよな……そしてくちびるは薄くて、でも柔らかいのを知っている。
「ちょっとだけ……」
  ──触れてみたいな
  起こしてしまうだろうからそんな事、絶対出来ないって頭の中では解っているのに、その欲求を俺は止められそうに無い。
  きっとこんな事を言ったら笑われるだろうけれど、今、俺の目の前で眠る中嶋さんは、眠りの呪いを解いてくれるのを待つお姫様みたいにも見えるんだ。
  中嶋さんにお姫様みたいでしたよ、なんて言ったら一体どんな顔をするだろう? って中嶋さんにお姫様ってありえないよな、寧ろ女王様って感じだよ、勿論西園寺さんとは意味合いが全然違う女王様だよな。
  思わず色んな想像をして、ぷっと笑ってしまう。……っと、此処で起こしたら折角のこの機会を逃してしまう。
  俺が主導権を持って中嶋さんに堂々とキスが出来る機会何ていうのは考えて見なくても、無いに決まってる。俺がこの人より先に眠ったり、遅く起きる事はあってもその逆なんて、今を逃したら絶対無い!
  起こしてしまったら、その時はその時の事だと心を決めると両腕を支えに、そろそろっと中嶋さんの上に覆いかぶさるようにして、顔を近づける。
  ──やっぱり綺麗だな……
  あと10cm、5cm、あと3cm……って所で、俺の視界はぐらりと揺れる。
 「うわぁっ?」
  俺の目の前に中嶋さんの顔があるのは当然なんだけど、閉じていた目がしっかり開かれていて、その向こうに見えるのがベッドじゃなくて天井に。気が付けば身体を入れ替えられ、俺の両手は中嶋さんの手にしっかり捕まれてベッドに押し付けられている。
「俺の寝込みを襲うとは、お前もやるようになったな、啓太」
  にやりと笑うその笑顔は、先刻まで眠っていた人とは全く別。……いや、何時もの中嶋さんだ。
「お、起きてたんですか!? もしかして!」
  あぁ、と口の端を上げて笑うこの人に俺は自分が仕掛けたことも忘れて、酷い、と呟く。
「酷い? 酷いのはどっちだ? 俺が寝ている間に何をしようとしていたんだかな? 人の寝込みを襲うなんて、お前はいつからそんな悪い事をするような子になったんだ?」
「そんな、襲うって、キスぐらいで大げさな……」
「キスぐらい、か」
  そう呟いた中嶋さんのくちびるが俺の乾いたくちびるに重なる。
  目を閉じて次に開けるまでの長いようで短い時間。
  それは、濡れた音を立てるまでじっくりと攻められて、くらくらと甘い眩暈を引き起こす。
「そんなの…反則……ですよ」
「何が」
「俺、そんなの……しようって思ってなかったのに」
  じゃあ、如何しようと思ってたんだ? と俺から身体を少し離し尋ねる中嶋さんの口ぶりは、端から俺の答えが解っている様子。おまけに触らなくても解るくらい耳朶が熱い。悔しくて俺は、中嶋さんから顔を背けて拗ねた口調で返してしまう。
「……そんなのされたら、俺……眠れなくなるじゃないですかっ」
「そうか。それは悪かったな」
  悪いなんて微塵も思ってないクセに。
「……なら、俺も一緒に起きていてやるよ」
「えっ?……あっ、どこ触って……んっ」
  大きな掌が戯れに胸を弄り始めるのに、びくりと躯を震わせる俺。それを見て楽しそうに小さく笑う中嶋さんの吐息交じりの声が耳元近く聞こえてきて、鼓膜をやんわりと刺激する。
  寝る前にだって散々啼かされて、俺の躯は今日はもう駄目だって言ってるのに。中嶋さんはその柔らかいくちびるで、その形の綺麗な指先で俺の理性のスイッチを簡単に解除してしまう。
  だけど流されそうになる頭の片隅に残る、理性の欠片が咄嗟に叫んだ事と言ったら。
  ──明日の授業、出られそうにないかも。
  なんて。俺自身、思いっきりこの先を期待しているんじゃないか。
  中嶋さんに「止めるか?」と聞かれて横に首を振った後、振り向き様に勢い良く抱きついた。
「何だ、何がしたいんだお前は」
 呆れたような声の中嶋さんにぺちっと、頭をはたかれる俺は何だかちょっとだけ笑ってしまう。

何がしたいって、そんなの勿論決まってる。中嶋さんとキスをしたいです、だ。


●当サイトのヘヴンページにアップ(2005/10/29)した、中嶋×啓太のjunk絵に、「この世のヘヴン」のうかママさんがSSを創ってくださいました! まさしく! そう、その通りですよ!? 的内容に、そして最後の方は自分の妄想の範疇を超えてカワイくて、とっても感激しました(*^_^*)。本当にありがとうございました!

(2005/11/18)


うかママさんのサイト。